【No.154】スパルタの海
’83/日本/カラー/105分
監督:西河克己
出演:伊東四朗 小山明子 平田昭彦 牟田悌三
一体世の中にはどれほどあるのかわからないが、「時代に殺された映画」というのがある。配給やキャスティング、資金調達等をクリアし、撮影・編集を経て完成。あとはPRしながら公開日を待つのみという段になって社会状況の反動などから公開中止という闇に葬られてしまういわゆる「お蔵入り映画」のことである。ただでさえ時間とお金がかかるであろう映画製作をどこかでカドを立ててしまったことで回収の目処が立ち消えになってしまう何と哀れなことよ。
最近で思い当たるのは1974(昭和49)年に全国公開される予定だった『樺太1945年夏/氷雪の門』というのがある。終戦間際に侵攻したソ連軍の猛攻にさらされる郵便局電話交換手の女性たちを描いた映画だったが公開直前でソ連政府からの抗議を受け止む無くお蔵入り。本格的に全面公開されるまでに36年を要することになる劇中の女子交換手さながらにかわいそうな映画であった。
28年越しに全国公開を果たした『スパルタの海』というのもいわくつきの映画である。題材はあの体罰問題で一躍名を馳せた戸塚ヨットスクール。全国から送られてくる不良や引きこもりなどの問題児たちをヨット実習を通じてその根性を叩き直し更生させる。そのためなら殴る蹴るは当たり前の暴力をも厭わない校風が注目を集めるが死亡者を出す事態となる。そんな学校を映画化しようものならそりゃ怒る人も出てくる訳で、とうとう戸塚校長の逮捕により、映画は完成の日は迎えても公開の日は迎えられなかったというわけだ。驚くのは死亡者が出ても制作が続けられたことである。プロデューサーだか誰かによるむしろ宣伝になって当たるかもという山っ気でもあったのだろうか。
映画を観てて反省しなければならないのは先述の経緯によって醸す事件性が先立っちゃって私は映画に対して勝手にクレイジーさを求めていたようである。
あの施設内での限定された空間のみに通用する外部ではよほどありえない世界。それを仕切る校長役に伊東四朗。私にとっては一連の伊丹映画ぐらいでしか「悪の顔」を知らない彼がそれらを遥かに凌駕する過激な校長をどう演じるだろうという期待が湧き出していた。しかし実際に映画は伊東は過激であることは過激であるが、「オレがやらにゃあ誰がやる」といわんばかりの教育者としての信念ゆえであることが強調されており、むしろ過激なのは送り込まれる子供たちが家族にふるう暴力のほうである。生徒となった初日は誰もが抵抗を続ける子供たちだがいつしか心を開いて更生へ向かう者もいればいつまでたっても変わらない者など様々な子供たちが入り乱れる校内が描かれ、スポ根ものの流れを汲んだ作りになっており、最後にはことのほか爽やかな余韻が残るものになっていた。子供たちの各家庭も描かれておりそれぞれに異なった親の立場を映し出すことによって今に続く子供を持つ親のあり方など問題提起もしておりちゃんとした作りになっていた。
観たことは無いが、監督を務めた西河克己のフィルモグラフィを調べてみると、吉永小百合の日活青春映画から百恵・友和ゴールデンコンビの映画を経て、遺作はあの『一杯のかけそば』なんだからこういう映画に仕上がったのはわかるような気がする。ま、この映画の雰囲気を一言で表せるとしたら、クセが無い大映ドラマという感じだ。監督と大映ドラマはおそらく一切関連はないだろうが作られていたのが80年代ということもあって空気感は似通っており、「不良」「更生」などは大映ドラマを語る上では欠くことはできないキーワードである。「この物語は・・・」で始まる芥川隆行のナレーションや訓練生の中に松村雄基や伊藤まい子(現・いとうまいこ)が紛れていてもさほど違和感がないだろう。
そもそもあんな良からぬ期待を抱いたのはポスタービジュアルなどの宣伝にやられたところはある。はっきり言ってあざとい。公開中止に追い込まれた過去はそれだけで打ってつけの宣伝材料である。それをいいことに幾分か沈静化したとはいえあんな血糊べったりな上に「暴力か!体罰か!」なんて思わせぶりなコピーをでかでかと打ち出しておまけに石原元都知事の推薦コメントなんぞを載せたらそりゃあ悪趣味な欲求をそそられるってなもんだ。ところが、制作当時そのまま公開まで漕ぎ着けば、東宝東和が配給になる予定だったらしいではないか。「バイオSFX方式上映」「キュービックショック」「パズルスリラー」などありもしないものをさもあるかのように見せかける羊頭狗肉な宣伝手法においては右に出るものはいなかった東宝東和である。あの騒動の中でそれに乗じた宣伝で、そのまま公開に踏み切ったら余計ややこしいことにでもなっていたかもしれんと少々胸をなで下ろしていたりもする。
評価は…
☆ おもしろい ○まあまあ △つまらない ×クズ
の4段階評価です。
関連記事