【No.132】ザ・マスター
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’12/アメリカ/カラー /143分
製作・脚本・監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ホアキン・フェニックス フィリップ・シーモア・ホフマン エイミー・アダムス
今や映画通のあいだでは「PTA」は学校にある教育団体のことではなく、ポール・トーマス・アンダーソンを指すらしい。何だソレはと眉をしかめたご父兄方に説明すると、アメリカの映画監督で、わずか42歳でありながらあの世界3大映画祭(ベルリン、カンヌ、ベネチア)すべての賞を獲得しているスゴい人である。しかし、私は最初の頃あんまり関心することが無かった。
最初の出会いは『マグノリア』であった。冒頭タイトルに入る前の「人生には想像のしようがない偶然が起こることがある」というくだり。期待の煽り方ではトップクラスのオープニングから3時間に渡る退屈な群像劇に入り、お互いに関係がない各登場人物たちがどう繋がっていくかという興味が消失しかけたところで訪れたあの「偶然」は確かに想像のしようがなかった。それだけにほとんどの観客は「ポカ〜ン」である。あまりに唐突すぎて怒ることなど忘れてしまったと記憶している。
ところがこの数年でPTAは化けた印象がある。批評家筋からえらい評判が高かった前作の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』。『マグノリア』と同じ人が撮ったとは思えない重厚感。時折見せる軽いポップな感じが剥ぎ取られ、全体的にズ〜ンっとのしかかってくるような圧力が感じられる。それに加えて冷酷な大富豪のダニエル・デイ・ルイスが持つギトギト加減が尋常ではなく、私は胃もたれ寸前にまで追い込まれてしまった。それがあったせいか今回の『ザ・マスター』は前作ほどの“重さ”は無かった。でも重い。圧力をかけてくるのは相変わらずである。しかし正直言って映画はそれほど面白いというわけではないが、吸い込まれるようにスクリーンに見入ってしまう。なんかこの人が撮る映像は「あ、何かが起きるぞ」と予感させる妖しさに満ちている。そりゃ映画の進行上何か起きないと困るんだが、この予感は他とは違って期待とも不安ともとれる予感。それが延々と続くのである。一切気が抜けないから「圧力」を感じてしまうのだろうか。そして42歳が出してるとは思えぬ何たる風格。何本か撮らないと得られないんじゃないかと思ったら、『マグノリア』と前作の間は『パンチドランク・ラブ』の1本のみであった。目を離している間の変貌ぶりもさることながら、たったこれだけで得たスキルの高さもスゴい。
この映画では1950年代の新興宗教が題材になっている。一口に新興宗教と言っても、形はさまざまであるが、我々にはどうしてもオウムを始めとした「カルト教団」というのが真っ先に思い浮かぶ。俗世間に迷い込んだ末に心の拠り所としてすがったはずが、いつしか教祖様の教えのためなら人命を奪うことだって厭わない自己犠牲の塊となっていく。そんな犠牲の積み重ねでみるみる私腹を肥やしていく教祖といったイメージが頭の中を駆け巡る。アメリカに目を移しても、日本と同様であるかはわからないが、今でも記憶に残っている数十年前に教祖と信者が共にたてこもり、毒薬で集団自殺した村の映像から“アブなさ”は共通している。その“アブなさ”に対する期待が心のどこかにはあった。
しかし、フタを開けてみたらどうだろう。私の頭の中で勝手に膨らませていたものとはほど遠いものであった。この映画での教祖は自己暗示をかけることにより幸福を手に入れようと啓蒙する一種のマインドコントロール的な手法で信者を獲得し、信者は外部の者に危害を与えるようなことはしない。所有の船に乗ったりしてる教団の姿はまるで家族のように見える。これにはとんだ肩すかしで刺激が足りない映画になっているかというとそうではない。なぜなら“アブなさ”は新興宗教にではなく、教祖の側近になっていくホアキン・フェニックスにあったのである。
この男は教祖の考えに異を唱える科学主義者をコテンパンにするし、デパート専属カメラマンの時分では撮影する客に意味不明ないやがらせをするし、怪しい酒を作ったりなんかしている。ほんと何をしでかすかわからん空気を放っているのである。前述したものとは意味が少々異なる“アブなさ”ではあるがこれは自身の俳優生活とも微妙にシンクロしている。俳優として一線で活躍していたところで突然のラッパー転向宣言をし、俳優業を引退。ラッパーとしての能力はヒドいものだったらしいが、これらの行動は実は『容疑者、ホアキン・フェニックス』というフェイクドキュメンタリーのためであったことが公に伝わり俳優復帰。俳優として常軌を脱する行動に出た“アブなさ”っぷりはこの作品で確認できるかと思う。PTAはそこを見込んでの起用であったかどうかは今のところ知る術は無い。
評価は…
☆ おもしろい ○まあまあ △つまらない ×クズ
の4段階評価です。
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